映画ピンドラって晶馬を救うための話だった事に気が付いた件
『劇場版 輪るピングドラム 後編』を観た。
私の人生でベスト級に良かっーた!
特に、ED後のおまけ映像。晶馬「あっちへ行こう!」が素晴らしかった。
ああー!!ピンドラって晶馬の話だったんだ?!!
今思えばなんだけど。最後まで晶馬って自分のために生きてなかったんだよね。TV版のラストはこうなる。冠葉は陽毬を救うために動く。妹の陽毬は彼を止めるために動く。晶馬は爆弾テロを止めるために動く。
実は冠葉も陽毬も最終回を待たずに親の罪から解放されている。愛する者のためだけに動いている。自分の思うまま。親がどうとか言っていない。世界がどうとか言ってない。自分の個人的な想いだけで動いている。
一方、晶馬は乗客を救うために動いている。
親の起こした事件を今度は防ぐため。晶馬が親の罪を最後に償った。最終話に必要なことだった。だからこそ全体を通せば見えてきた。彼だけが本当の意味で親から解放されてはいなかった。
劇場版ピンドラではTV版と同じく「運命の乗り換え」を起こす。平たくいうと、現実改変の魔法だ。電車に仕掛けられた爆弾が爆発しない。再編される世界。晶馬と冠葉は別の親の子供として転生する。ここでTV版は終わりである。
ところが劇場版ではエンドロール後に映像が始まる。水族館にいるチビ晶馬とチビ冠葉である。冠葉はどっち行く?と言う。晶馬は答える。
「あっちへ行こう!」
今度は誰のためでもなかった。自分で自分の行きたい場所を選んだ。親の罪から本当の意味で解放された。
TV版のとき晶馬とほぼ同年代だった私。今では社会の歯車。大人ブロイラーってやつがあるならガリガリすり潰されてる。そんな人は私以外にもきっと多いだろう。
だからこそ最後の晶馬のセリフは胸に太い丸太ブっ刺さった。晶馬、アンタはアンタを生きるのよ!!!
客電が点いたとき頬が濡れていた。晶馬が解放されて本当に嬉しくなった。映画館のトイレで私はオイオイ泣いてしまった。本当に良かった。そして多分、もう晶馬はこちらを振り向かないのだ。そんな切なさも感じたのはここだけの話だ。